ケニア

2 章 経済環境

    • 経済動向

      ケニアは、東アフリカ地域で随一の経済発展を誇る国です。主要産業は紅茶や園芸作物などの輸出が盛んな農業、豊かな自然を背景に発達してきた観光業で、その他、製造業や金融もこの地域ではもっとも進んでいます。
      早くから市場メカニズムを受け入れてきたことや、旧英国植民地であるため英語が公用語であること、海外出稼ぎ労働者が多いことなどから、対外的なつながりを重視する経済運営がなされてきました。人口は年間100万人ずつ増加しつづけており、2014年には約4千5百万人になりました。若年層人口のボリュームが厚く、人口ボーナス期が長く続くと予測されているため、さらなる経済成長が見込めるでしょう。
      この地域はアフリカでももっとも地域経済統合への動きが盛んです。2001年にケニア、タンザニア、ウガンダにより結成された東アフリカ共同体(EAC:East African Community) は、2007年にルアンダ、ブルンジを加え、約人口1億7千万人(2014年)の大経済圏となりつつあります。ケニアは域内経済の中心的な国であり、ウガンダなど内陸国とアラブ諸国や環インド洋などの海外をつなぐハブとしての存在感も高めています。
      2007年~2008年の選挙後の暴動「ケニア危機」がありましたが、2013年の総選挙が平和裏に行われたことで政情は安定的なものとなりました。しかし、内戦が続く隣国ソマリアを拠点とするイスラム原理主義組織「アル・シャバーブ」によるショッピング・モール襲撃事件などのテロが頻発しており、観光客や投資の足かせとなっています。今後の経済発展の鍵は治安回復と言えるでしょう。

      ■GDPと経済成長率
      国内では「ケニア危機」、国際的にはリーマンショックがあった2008年に0.2%、翌2009年に3.3%に留まりましたが、それ以外は過去10年以上にわたり4.6%以上の高い成長率を維持しています。GDPの8割を占める民間消費が好調で、人口増に見合った内需の力強い拡大が牽引となっています。
      GDPの25%を占めている農業は、生産量が天候に左右されやすく、紅茶やコーヒーなどは国際価格動向に影響を受けやすい不安定要素を持っています。また、主要産業の1つである観光業はテロの懸念により低調に推移しています。一方で、近年はインフラ需要の高まりによる建設業や、モンバサ港を中心とした運輸・倉庫業、携帯電話や電子送金の普及による金融業などが好調で、経済成長の新たな牽引力となっています。
      一人当りのGDPは10年間で2.5倍になり、世界銀行の中所得国基準である 1,136USドルを越えました。中間層が部厚くなったことが旺盛な消費につながっていると言えます。しかし、ケニアでは半数近くが国際貧困ライン以下で暮らしていると言われており、経済成長とともに拡大した貧富の格差が、社会の不安定要素になっているとの指摘もあります。

      【実質GDP成長率と名目GDPの推移】(単位:10億KSh、%)

      ※2015年はIMF予測値
      出所:IMF「World Economic Outlook Database, October 2015」

      【1人当たり名目GDPの推移】(単位:USドル)

      ※2014年、2015年はIMF予測値
      出所:IMF「World Economic Outlook Database, October 2015」

      ■インフレ
      21世紀に入ってからもケニアは高いインフレに悩まされてきました。ケニア経済の特徴として、石油などエネルギー資源の海外依存度が高いこと、国内製造業の脆弱さにより輸入消費財価格の変動が国内消費者物価を直撃すること、天候により生産量や価格への影響がもっとも大きい農業が主要産業であることなどがあります。
      2007年末の「ケニア危機」以降は、社会的混乱に加えて、食料品価格と国際原油価格の高騰も重なり、2010年を除いて10%台の高いインフレが続きました。2011年に始まった「東アフリカ大旱ばつ」の影響も大きいと言われています。
      しかし、2011 年~ 2013 年にIMFの支援を受けマクロ経済の立て直しに成功しました。天候の回復や国際原油価格の下落もあり、2013 年以降は5~6%台とケニア中央銀行が設定しているインフレターゲット内に落ち着いています。

      【消費者物価の推移】(単位:指数、%)

      ※2015年はIMF予測値
      ※消費者物価指数:2000年を100とした指数
      出所:IMF「World Economic Outlook Database, October 2015」

      ■財政
      ケニアの財政収支は経常的に赤字が続いています。近年は経済成長とともに税収が増加しており、歳入は10年で4倍近くに拡大しました。しかし、それ以上に歳出が急増しており、プライマリーバランスは2006年赤字に転落しました。その後も財政赤字額は拡大、対GDP比率も2012年以降は5%を越えた状態にあります。
      「ケニア危機」や、対イスラム原理主義組織へのテロ対策など、一連の治安関連支出が急増したことや、公務員給与が上昇を続けていること、インフラ整備のための財政出動が増えていることなど、構造的な課題や喫緊の対策費用まで原因は複合的です。
      EACの経済統合への準備段階にある現在、ケニア政府にとって財政健全化は必達事項となります。公的債務の水準はすでに国内外あわせて2兆KShを越えており、IMFの警告を受けるレベルですので、根本的な財政構造改革が急がれるところです。
       
      【財政収支の推移】(単位:10億KSh)
      ※2015年はIMF予測値
      出所:IMF「World Economic Outlook Database, October 2015」
       
    • 貿易

      経済成長にともないケニアの貿易額は急増していますが、常に輸入額が輸出額を上回る輸入超過の状態にあり、貿易収支は経常的な赤字となっています。直近10年で、輸出額は倍増していますが、輸入額は3倍強にも伸びており、貿易赤字は拡大を続けています。
      こうした傾向の背景には、石油・天然ガスなどのエネルギー資源の海外依存度が高いこと、旺盛な国内消費に対して国内産業が脆弱であるために輸入品に依存せざるを得ないこと、通貨安によって輸入価格が上昇して輸入額が膨れ上がっていることなどがあります。

      [自由貿易圏、自由貿易協定]
      ケニアはアフリカの中でも自由貿易志向が強い国の1つで、周辺国と共同した経済圏確立に積極的です。2010年にはEAC内の関税が撤廃され、域内貿易が活発に行われるようになりました。さらに諸制度の統一を進め東アフリカの統一経済圏を目指しているところです。さらに、エジプト、エチオピア、コンゴ民主共和国などを含む東南部アフリカ共同市場(COMESA)でのFTA締結への動きもあります。
      また、EAC=EU間ではEPA締結交渉が進められており、2014年10月に合意されています。すでにEUへの輸出免税措置は前倒しで開始されており、批准・発効を待っている状態にあります。

      【貿易収支の推移】(単位:10億USドル)
      ※通関ベース、2014年は実績推定値
      出所:JETRO

      [国別・地域別の輸出入]
      再輸出も含む通関ベースでの2014年の輸出先は、隣国ウガンダが607億KShでトップです。同じく隣国タンザニアが427億KShで2位、ルアンダ、ブルンジを含めたEAC合計が1,237億KShで、輸出全体の23.4%を占めています。米国が382億KSh、で3位、次いで英国358億KES、パキスタン220億KSh、コンゴ民主共和国210億KSh、UAE 201億KShと続きます。EAC域内とコンゴ民主共和国など東アフリカ諸国、モンバサを起点とした環インド洋・アラブ貿易など、多様な輸出先があることが特徴的です。
      輸入は、経済的なつがなりの深いインドが2,645 億KShでトップ。中国が2,486億KShで、以下、米国、UAE、日本、南アフリカ、サウジアラビア、インドネシアと続きます。輸入ではインド、中国、日本などアジアからが47.1%と全体の半数近くを占めています。また、UAEやサウジアラビアなど湾岸諸国、サブサハラ最大級の経済大国である南アフリカなどからの輸入も盛んです。輸出先と輸入元が大きく異なるものの、やはり多様な国・地域にわたっていることがわかります。なお、自動車や発電機など産業用機器を中心に日本からの輸入も伸び、2014年は第5位の輸入先となっています。
       

      [品目別の輸出入]
      輸出を品目別に見てみると、切り花などの園芸作物が971億KShでトップ。次いで紅茶が939億KSh、衣料品・アクセサリー289億KSh、コーヒー豆199KSh、たばこ類168億KShと続きます。主要産業である農業の花形輸出品である園芸作物、紅茶、コーヒー豆、たばこ類だけで輸出額の約半数を占めています。
      衣料品・アクセサリーは、アメリカの「アフリカ成長機会法(AGOA)」の関税免除などの優遇制度により輸出加工区(EPZ)で生産・輸出されたものが多くを占めます。
      輸入品に関しては、石油製品が2,926億KShでトップ、以下、産業用機械2,566億KSh、航空機・関連備品1,295億KSh、自働車1,017億KShと続きます。
      エネルギー輸入依存度が高いケニアでは、従来より湾岸諸国を中心に原油を輸入してきましたが、東アフリカ唯一の製油所であるケニア石油精製所(KPRL)が2013年より操業停止となっており、精油された石油製品をすべて輸入している状況にあります。しかし、近年はウガンダやケニアで油田開発が進んでおり、今後は国内・域内での製油所建設なども含めて、供給体制が進むものと見られています。
      また、産業用機械などの輸入が盛んで、今後もインフラ整備の活発化にともない好調に推移するでしょう。なお、2014年に航空機輸入が激増していますが、これはケニア航空がボーイング社(米)から旅客機を5機購入したことによるものです。
       
       
    • 産業動向

      ケニアの産業構成は、多くの開発途上国で見られる資源モノカルチャーや、低賃金の労働力を利用した労働集約型産業による製造拠点化とは異なる様相を呈しています。GDPに占める産業別割合は、第1次産業が 28%、第2次産業が 17%、第3次産業が 55%となっており、製造業を中心とした工業化が十分に進んでいないまま、第3次産業が発展するというユニークな段階にあると言えます。
      ケニアの第1次産業の中で、農業はGDPの26.5%、労働人口の約6割を占め、農産品が主要輸出品の多くを占めているため、ケニアが農業国であることは間違いありません。
      第2次産業においては、未熟ながらも軽工業やセメントなど中心とした製造業もこの地域においてもっとも発達していますし、インフラ整備による建設業も存在感を増しています。
      また、近年は、第3次産業の発達が顕著で、経済成長にともなう人口増と中間層の購買力に支えられている卸売・小売業、携帯電話と自動送金システムの普及による金融業や通信業、モンバサ港を起点とした運輸・倉庫業などが成長産業として注目されています。しかし、ホテル・レストランに代表される観光業は中長期的に強みを持つ主要産業であるものの、近年は治安の悪化により大きく後退しています。
       


      ■農業
      ケニアでは中央高地やリフトバレーを中心に、トウモロコシ、小麦、米などの穀類や豆類・芋類、サトウキビ、果物、綿花など多様な作物が生産され、牛や羊などの牧畜も盛んで、その多くが小規模農家による自給農です。さらに、20世紀初頭には紅茶やコーヒー、1980年代には切り花などの換金作物の生産が盛んになりました。
      換金作物は農家に現金収入をもたらし、ケニアに外貨をもたらします。一方、必要な食糧が十分に生産されていない状況をもたらしており、ナイロビなど都市部での食糧自給率は大きく落ち込み、農村地域では2011年の「東アフリカ大旱ばつ」に見られるように大規模な飢饉が起きています。ケニア政府は灌漑設備など農業インフラの増強を進めており、進捗が注目されるところです。

      [紅茶・コーヒー]
      紅茶やコーヒーの栽培は、旧宗主国の英国や、交易面で関係が深かったインドとの資本・技術両面の交流の中、ともに20世紀初頭に始まりました。
      アフリカの茶栽培は、肥沃な土地で気候条件が良い点に目を付けた英国人がケニアで開始したものです。現在ではウガンダ、タンザニア等にも広がり、茶の一大生産地となっており、ケニアの茶の生産量は中国、インドに次いで世界3位(2012年)です。従来は大規模プランテーションによるものでしたが、近年は小規模農家による生産も多く、作付面積の約6割を占めると言われています。
      コーヒーはケニアコーヒー局(CBK: Coffee Board of Kenya)の公的な管理の下で生産されています。CBKはコーヒー業界の規則遵守とケニアコーヒーのブランドマーケティングを行っています。      

      [園芸作物(切り花、生鮮野菜)]
      1970年代~1980年代にEUの支援のもと、日照時間が長いが標高が高く冷涼な中央高地でカーネーションやバラの栽培が始まりました。その後、良質の農薬が普及したこと、ケニア花農家組合が結成されて国際的な価格交渉力がついたこと、ナイロビ国際空港経由で欧州へのコールドチェーンが整備されたこと、生鮮野菜や果物などを含めた幅広い栽培が可能になったことなどにより、園芸産業はケニアの主要産業にまで成長しました。
      輸出先は、世界の切り花マーケットをリードするオランダなど欧州が多いですが、2005年に切り花のハブを開業したドバイ経由でアジアへも出荷されるようになり、2014年は過去最高の4,286万トン/971億KShを記録しています。
      なお、世界的にはコロンビアなど南米諸国、ザンビアやエチオピアなどの近隣国での生産も盛んになり、生産地・仕向地とも多様化が進んでいます。グローバルな競合状態は今後ますます厳しさを増すものと考えられます。

      ■縫製業
      1980年代までのケニアの縫製産業は、小規模事業者が国内およびウガンダなど近隣諸国向けに生産をしていました。しかし、1990年代にはいると貿易自由化とともにアジアから安価な衣料品が大量に輸入され、国内縫製産業は大きく後退することとなります。
      しかし、2000年に米国が「アフリカ機会成長法(AGOA)」による免税措置を講じたことで劇的な変化が訪れました。AGOAの特徴は、原産地規則が緩く、輸入原材料を使用しても優遇措置を受けることができる点にあります。そのため、紡績や織布といった川上産業が育っていないケニアでも、アジアの安価な生地を輸入して縫製産業のみが優遇措置を受けながら急速に生産拡大することとなりました。その多くはインドや中国、台湾などのアジア資本と現地資本の比較的規模の大きな合弁企業によるもので、米国市場向けのために輸出に特化した輸出加工区(EPZ)で生産したものです。労働集約型の縫製産業の成長によって4万人近い雇用が創出されたと言われています。
      2015年にAGOAの延長(2025年まで)が決定したことで、縫製品は引き続き主要輸出品の一角を維持していくものと思われますが、生産コストがバングラデシュやカンボジアなどのアジア諸国にくらべて高く、AGOA頼みのケニア縫製業には課題も多いと言われています。

      ■観光産業
      ケニアの観光産業は、GDPに占める割合が約 12%(2013年)と大きく、農業に次ぐ主要産業です。東アフリカの中でも、ケニアは長年もっとも観光に力を入れてきました。豊富な自然を生かしたサファリが日本では有名ですが、欧州から多くの旅客が訪れるインド洋沿岸のリゾートもサファリと並ぶ観光資源です。
      欧州でのケニア観光人気が高いこと、英語圏であること、多様な伝統文化と自然による観光資源が豊富であることなどを背景として、21世紀のケニア観光は右肩上がりに成長を続けました。年間旅客者数は100万を突破、2007年には181万人になりました。翌2008年には、欧州財政危機の影響により落ち込みましたが、2009年から旅客数・観光収入ともに再び増加に転じます。
      順調に回復を見せていたケニア観光産業ですが、2011年末に起こった「ケニア危機」による治安の悪化によって大きな打撃を受けます。さらに、2013年にイスラム過激派組織「アル・シャバーブ」によるナイロビのショッピング・モール「ウェストゲート」を襲うテロ事件が起き、その後もテロが頻発しています。一連のテロ事件を受けて、欧州諸国が渡航制限を実施していることもあり、2014年の旅客数はピーク時を25%下回っています。本格的な観光産業の復活のためには、実効性あるテロ対策という高いハードルを越える必要があるでしょう。

      【海外観光客数の推移】(単位:千人)

      出所:ケニア国家統計局 Economic Survey (2004~2015)