タイ

2 章 投資環境

    • 世界金融危機と大洪水を経て

      ■ GDP と経済成長率
      タイは、幾度とない困難な状況に直面しつつも、20世紀後半から21世紀にかけて長期にわたり経済成長を遂げてきた国です。1997年にタイを震源としたアジア通貨危機のために、1998年のGDP成長率はマイナス10%にまで落ち込みましたが、翌1999年には4.4%に持ち直しています。2006年以降の政情不安定な時期においても、年率数パーセントの成長率を維持してきました。また、2009年には世界金融危機の影響を受けて2.3%のマイナス成長となりましたが、翌年には7.8%とV字回復を果たしています。
      そして、2011年は、上期には東日本大震災の影響による日本からの部品供給が滞り、製造業の稼働率が低下するといった事態が起き、下期には、チャオプラヤ川の大洪水が起き、アユタヤからバンコクまでの広大な地域が甚大な被害を被りました。この大洪水で、電気・電子機器や自動車産業など多くの日系企業が集積するアユタヤ周辺のサハ・ラタナナコン 工業団地やロジャナエ 工業団地から、バンコクに近いバンカディ工業地帯まで、7つの工業地帯が浸水し、日系企業449社を含む804社が浸水しました。
      世界銀行の試算によると、洪水による被害額・損失額合計は1兆4,250億バーツにも上り、東日本大震災、阪神・淡路大震災、アメリカのハリケーン・カトリーナなどに次ぐ規模とされています。特に製造業や農業は大きな打撃を受けました。これらの影響で2011年の成長率は0.1%、すなわちほぼゼロ成長でした。
      しかし、洪水がおさまったのち、懸命の排水と復旧作業により生産は着実に回復を始めました。元々洪水氾濫地帯に、 工業団地が立地していたというリスクを分散すべく、この地域での稼働率を見直す企業もあり、負の側面が払拭されたわけではありませんが、一応の収拾がついたものといえるでしょう。
      タイ経済は、全体的には復調ぶりを見せており、たとえば、主要産業である自動車産業は、2012年3月に生産台数の過去最高を記録し、その後も好調を維持しています。欧州財政危機や、中国経済の減速など、複数のマイナス要因がからんだ状況ながらも、タイ経済は堅調との見方が大勢で、タイ国家経済社会開発庁(NESDB)の発表によると、2012年通年の経済成長率は6.4%となっており、2013年の見通しは4.5 ~ 5.5%となっています。
      2014年は政治的混乱によって景気の低迷や投資認可手続きの遅れ等が生じ、実質GDP成長率は0.7%となり、2013年の2.9%を下回りました。  
      しかし、タイ国家経済社会開発庁(NESDB)によると2015年は世界経済の回復に伴い、輸出の増加などで、GDP成長率は2.8%まで上昇しました。 
       
      【名目GDPと実質GDP成長率】 
      ※2012年はNESDBのデータを引用 
      出所:IMF World Economic Outlook Database
       
      ■ 国内マーケットの拡大とインフレ懸念
      タイ一人当たりのGDPは、この10年で3倍近くにもなりました。個人消費は大きく伸び、国内マーケットは着実に拡大しています。
      2009年世界金融危機以降も、タイ経済は拡大基調にあり、大洪水の影響を残しつつも、国内需要は旺盛な伸びを示しています。
      インフレ率も、この10年は一桁台で比較的安定していることがわかります。しかし、インラック新政権の公約に基づき、2013年1月に法定最低賃金が一律300バーツに引上げられたこと、2011年の大洪水以降に食料品などの生活必需品が10%レベルで上昇していることなどから、政府には内需の拡大とインフレ懸念のバランスに対する慎重な判断が求められるところです。
       
      【一人当たりGDPの推移】 
      【消費者物価指数とインフレ率の推移】 
       
      ■安定した財政状況と今後の課題
      下記のグラフでわかるように、財政収支は2009年以降マイナスが続いています。比較的健全な状態 を保っています。2003年度から2008年度まで財政黒字となっており、2009年度には世界金融危機に対応する景気刺激策のための財政出動により赤字額が2,800億バーツ、対GDP比3.18%となりましたが、刺激策が功を奏して2010年、2011年と歳入を伸ばしました。その結果、財政収支のマイナスは2009年に比べると少なくなりました。
      しかし、最近では、 財政収支のさらなる悪化を警戒する声も聞かれます。その背景の1つは、2011年に行われた総選挙で、生活手当支給額の引上げや、村落投資基金の上乗せなど、財政出動の多い公約を掲げたタイ貢献党が多数を占め、インラック政権が誕生したことです。財政規律と経済成長を保ちつつ、公約を実行するという難しい舵取りが必要とされています。2つ目には、2011年10月に起きた大洪水による製造業の稼働率の低下、欧州財政危機を中心とした世界経済停滞による輸出産業の伸び悩みなどによる税収の減少です。また、洪水の復旧作業だけでなく、誘致国への信頼回復の為の中長期的な治水事業の見直しに、総予算 3500 億バーツを費やしました。個人消費の基調の底堅さや政府・中央銀行の対応もあり、景気は回復に転じました。2013年度に財政収支は持ち直しましたが、2014年は再び財政収支が悪化しており、2015年も引き続き悪化しています。
       
      【財政収支の推移】 
    • 徹底した自由貿易を進めるタイ

      ■貿易自由化とタイの産業競争力
      ASEAN(東南アジア諸国連合)の各国とタイが進めてきた貿易自由化は、タイの産業競争力向上に大きな効果をもたらしてきました。1990年代よりASEAN域内において、同一自動車ブランドの部品への関税免除(BBC:Brandto Brand Complementation)、同一企業にまで対象を拡大したASEAN工業協力計画(AICO:ASEAN Industrial Cooperation)、広く製品一般の関税削減を目指した共通効果特恵関税AFTA-CEPT(AFTA-CEPT共通効果特恵関税)、そしてASEAN物品貿易協定ATIGA(ATIGAASEAN物品貿易協定) へと、段階的かつ積極的に自由化が進められてきました。これらの自由化で最も大きな利益を受けたのが、部品点数が極めて多い自動車産業です。特に、自動車産業が集積しているタイに進出していた外資系の自動車関連企業には大きなメリットとなりました。また、中国のWTO加盟による優位性に対してタイ政府は、インドとの自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)を推進し、アーリーハーベスト(協定批准前に関税の減免を適用するプログラム)を適用しています。既にインド向けのディーゼルエンジンなどの中核部品の製造業の育成をしています。人口増加、所得向上、中間層の増加により、マーケット規模の一層の拡大が期待されるインドとの新たな太い貿易のパイプ形成が進んでいます。
      また、民主化問題解決へと大きく進展したミャンマーとの政治的なパイプも太く、有望な投資先かつ貿易相手国となることが期待されます。このように、この地域における緊密化推進の立役者としてのタイの役割は極めて大きく、人口規模が中国と拮抗する東アジアから南アジアにかけての経済取引のハブとして重要な地位を占めるに至りました。タイ政府はASEAN域外の貿易自由化にも積極的で、特に2001年に発足したタクシン政権は強力にFTAを推進しました。バーレーン(2002年12月調印)、日本(2007年4月調印)、オーストラリア(2004年7月調印)、二ュージーランド(2005年4月調印、インド(2003年10月調印、ペルー(2009年11月調印)の6カ国とのFTAの締結を実現しています。また、タイの加盟しているASEANは韓国、中国、日本、オーストラリア・二ュージーランド、インドとのFTAを締結しています。貿易の活性化に伴い、2000年代には貿易収支はおしなべて黒字基調で推移するようになりました。かつて、貿易収支の悪化がきっかけで、タイバーツが下落し、対外債務不履行等の通貨危機の引き金を引いた1997年のアジア通貨危機当時に比べると、強固な貿易体質へと変貌を遂げたことは確かです。2012年は、洪水被害からの復興を遂げたものの最大の輸出相手国である中国経済の低迷により、輸出額は前年比2.5%増と伸び率は鈍化しました。一方で、2013年5月にEUとのFTA交渉をかわきりに、国際社会の中でより有利な立場になれるよう、貿易自由化を進めていく方針です。タクシン政権時代には、輸出先の多様化と貿易収支の更なる安定化を図るべく、米国や欧州との自由化交渉も試みてきましたが、国内政治の混乱により交渉が滞っていました。しかし、2011年にタクシン派のインラック政権が誕生し、タクシン元首相が推進してきたFTAの積極的な拡大は復活し、滞っている交渉も再び軌道に乗るものと考えられます。これが軌道に乗れば、タイに進出している日系企業にとっても輸出仕向け先の多様化、拡大につながるものと考えられます。 2006年のクーデター後、事実上中断していた米国との交渉は2011年に、必要に応じ二国間協議を実施することに合意しました。2013年8月にタイとEFTAとの交渉枠組みが承認され、国会に提出されました。同年10月に国会承認を受けたが、2014年5月に生じたクーデターにより交渉中断中です。
      ■ 国別に見たタイの貿易
      タイの輸入先は日本が継続して1位であり、2位に中国、そして少し貿易額は落ちますが、シンガポール、アメリカ、マレーシア、UAE:アラブ首長国連合が3位争いをしています。 一方、タイの輸出動向は、トップグループの中国・日本・アメリカとそれを追いかけるタイ周辺諸国の2つのグループに分けられます。上位3カ国への輸出額は、いずれもこの3年は増加傾向にあります。 
      【輸入額の推移】
       
      【輸出額の推移】  
      また、タイ周辺国へも順調に輸出額を増加させています。タイは、充実したインフラのもと、アジア地域の隣国を筆頭に世界各国との貿易円滑化を促し、地域の持続可能な成長を国家戦略として推し進めています。
      その結果、タイは「アセアン経済の要」とまでいわれるような成長を遂げ、海外貿易における地域の中心地としての地位をより一層確固たるものにしています。このような戦略のもと、タイ周辺諸国への輸出額は、上位3カ国を追い上げ、その差を縮めています。
       
      【周辺諸国への輸出額の推移】 
      最後に、対日貿易の輸出入品目の内訳(ドルベース/20130年、日本税関)についてですが、日本からは、工業用機械・電気機械等の資本財、金属及び同製品、化学製品等を輸出しており、産業機械、自動車・自動車部品、コンピューター・コンピューター部品、鉄鋼、精製、燃料自動車・自動車部品が主要な品目となっています。
      一方、タイからの輸入品目は、伝統的には食料品(冷凍エビ、鶏肉、砂糖等)、原料品等でしたが、最近では原油、機械等コンピュータ部品、アクセサリー等の増加も目立っています。原油、天然ゴム、機械・機械部品、自動車・自動車部品、宝石・地金銀、コンピュータ等が主要な品目です。
      タイの製造業が、製造部品等を日本からの輸入に依存している部分も大きく、次のグラフに見られるように恒常的な日本の貿易黒字に繋がっています。 
       
    • 産業別動向

      ■ 変化を遂げたタイの産業構造
      タイの産業構造は、1950年代には農林水産業などの第1次産業が大きく、その後、製造業などの第2次産業が飛躍的に大きくなりました。特に、1980年代後半には、日本など海外からの投資が増加し、急速に工業化が進みました。
      下記のグラフは、タイの主要な製造業のGDP構成比をあらわしています。主要産業は、自動車、電気・電子機器などで、特に、自動車産業とともに成長を遂げているのがコンピュータ関連機器です。通信機器類や家電、機械は一定の比率で推移しています。
      ■ 存在感を増すタイの自動車産業
      タイは東南アジアで最大の自動車生産国で、「アジアのデトロイト」と呼ばれることもあります。タイにおける自動車産業は、外資との合弁による完成車メーカーが12社、Tier1といわれる1次部品メーカーが約600社、半数以上がタイ資本のTier2とほとんどが地場産業であるTier3をあわせて約1700社にも上ります。非常に部品点数の多い自動車産業を支えるサプライヤーの裾野の広さが、タイの強みの一つといえるでしょう。
      2011年の東日本大震災で東北地方に立地する自動車部品のサプライチェーンが打撃を受けたことを踏まえて、日本の自動車メーカーからは、タイの自動車部品製造能力の高さに対して、より一層注目が集まっています。
      グラフに2050年以降のタイの自動車生産台数と輸出台数を示しています。1998年のアジア通貨危機でいったん落ち込んでいたタイの自動車生産は、その後は順調に生産台数を増やし、2005年には年間100万台の大台を超えました。世界金融危機の影響で2009年には99万台に落ち込みましたが、翌年にはV字回復して164万台、2011年には東日本大震災の影響と大洪水のために145万台と落ち込みましたが、洪水の収拾とともに復活に向かい、2012年には年間生産台数246万台で、前年比68%増となりました。また、タイ政府が2011年9月16日から2012年末まで導入した「自動車購入支援策」が功を奏し2012年の自動車国内販売台数は過去最高となりました。
      しかし政策終了後はその勢いを無くし、2013年の国内販売台数は前年比7.4%まで減少し、2014年には国内販売台数が初めて輸出台数を下回りました。
      タイは輸出比率の非常に高い国ですが、特に自動車は輸出比率が高く、2007年以降は約半数が輸出となっています。従来から、アジアやオセア二アの生産・輸出拠点となっていたタイですが、中近東やあらたに関係構築してきたインドなどの有望マーケットへの生産拠点としても年々その存在感を増しています。
      加えて、近年は国内需要の高まりが注目されています。他の新興国の例にならえば、一人当たりのGDPが5,000USドルくらいになると、乗用車が急速に普及するといわれています。タイの一人当たりのGDPは、既に2011年には5,115USドルになっており、2012年に5,390USドル、2013年には5,674USドルですまで伸びるとの予測もあります。 今後は国内マーケットの拡大にも期待が広がります。
       
      ■ タイの電子産業
      タイは、パソコンやオーディオ機器などの基幹部品であるハードディスクドライブ(HDD)の一大生産集積地として知られ、世界の生産の約43%(2010年)を占める世界最大の生産国です。HDD業界は、この数年の間に世界的な買収・合併により再編成が進みました。
       タイでHDD産業が成長した背景として、低い労賃にもかかわらず高い労働の質が得られることや、空港や道路などの輸送インフラが整っていることがあります。更に、政府の方針として、BOIによる2000年投資奨励策が実施され、HDD生産は特別重要対象業種に指定され、8年間の法人所得税免除や設備投資に係る関税免除などの優遇策が大きかったといわれています。これらが奏功して、2007年に地域別生産台数がトップとなりました。2011年の大洪水の影響は大きく、主要メーカーの85の工場が浸水したといわれています。HDDは供給が行き詰まって価格が高騰し、HDDをタイから輸入している中国やアメリカ、日本などにも大きな影響をもたらしました。 
    • 投資環境

      ■2014年のビジネス環境
      世界銀行と国際金融公社(IFC)が、2014年11月に「ビジネス環境の現状2015」を共同で発表しています。このアンケートから世界のタイへの評価をみていきます。タイは、このランキングの総合順位が189の国と地域中26位で、前年から8つ順位を下げました。一方、日本は前年から2つ順位を下げ29位でした。
       
      【ビジネス環境ランキング】
      ■ 日系製造業企業の海外事業展開の動向
       国際協力銀行(JBIC)が2014年11月に公表した「わが国製造業企業の海外事業展開の動向(第26回/2014年度版)」では、海外事業に実績のある日本の製造業企業の海外事業展開の現況や課題、今後の展望を把握する目的で、1989年から毎年、アンケート調査が実施されています。
      タイは、2002~2004年までは中国に次ぐ第2位でした。しかし、その後はインド、インドネシア、ベトナムに抜かれ、昨今はメキシコやブラジルなどにもその地位を脅かされています。
       
      【中期的(今後3年程度)有望事業展開先国・地域得票率順位の推移】 
      ただし、リスク分散傾向の潮流の中で、他のアジアの新興国にも事業展開の目が向けられた結果、日本の製造業企業のタイ以外の国への投資意欲を誘引してはいるものの、タイの投資先としての魅力は依然として高いと考えることができます。
      同アンケートでは、このように高い評価を維持している源泉である。
      「タイへの有望理由」(回答数計:173社)についても回答結果を公表しており、その上位は以下の通りです。
       
      現地マーケットの今後の成長性         94社  54.3% 
      現地マーケットの現状規模             73社 42.2% 
      産業集積がある                      61社  35.3% 
      安価な労働力                        49社  28.3% 
      組み立てメーカーへの供給拠点として    48社  27.7% 
      第三国輸出拠点として                 48社  27.7% 
      現地のインフラが整備されている         48社 27.7% 
       
      ■ 直接金融(株式)市場
      タイ証券取引所(SET)は、タイ唯一の証券取引所で、バンコクのクローントゥーイ区にあります。タイ国証券取引法(SEA:The Securities and Exchange Act of 1992)に基づき、1974年に設立されました。
      市場としては、東証一部に該当する「メインボード」とマザーズに該当する「オルタナティブ投資市場( MAI:Market for Alternative Investment)」があり、MAIとSETへの上場企業数は2013年4月16日現在で、合計604社です。
      次ページのグラフは、近年のSET INDEXの推移です。SETINDEXとは、メインボードに上場する全銘柄が対象の時価総額加重平均型株価指数で、1975年4月30日の指数を100として新規上場及び上場廃止をそのつど調整し算出を行ってきた指数をいいます。
      2008年9月からのリーマン・ショックによる大きな下落の影響はあったものの、その後、順調に回復・成長傾向を持続しています。
       
      【タイ証券取引所のSETINDEXの推移】 
      日本国内でも、タイ市場への注目が集まっています。野村アセットマネジメント株式会社がタイ株式への投資ファンド「オーロラファンド(タイ投資ファンド)」を募集していますが、同ファンドが、金融情報提供企業のモーニングスター株式会社が公表しているファンドランキング(リターン/ 1年)の部門の5位にランクインしています(2012年9月30日現在)。このランキングでは3,000以上ものファンドを比較しており、同ファンドは3年及び5年のリターンのランキングでも5位以内を確保しています。
       
      ■ 外国直接投資(FDI)
      タイ投資委員会(BOI)により公表されている投資統計(認可ベース/プロジェクトの内外資が10%以上資本参加しているものが対象)についてのレ.ポート“Foreign Investment From Major Countries(Foreign Equity ≧ 10%)” からタイへの近年の 外国直接投資額及び国別の投資受入額について詳しく説明していきます。
      下記は BOIが公表している投資統計から、 外国直接投資額と認可件数を推移グラフにしたものです。
       
      1997年以前、バーツがUSドルにほぼ固定されていた為替市場に、海外で調達された資金が流入し、不動産バブルといえるような環境が生じました。このような動きに、タイ政府は、1997年7月、バーツの変動相場制を導入しましたが、アジア通貨危機を招くことになりました。その結果、1999年まで投資額の減少が続くこととなります。
      タイ政府は、IMF及び日本をはじめとする国際社会の支援を受け、不良債権処理など構造改革を含む経済再建に尽力し、財政政策を含む景気対策を行い、2000年から投資額の増加に転換します。
      更に2001年2月に発足したタクシン政権が、従来の輸出主導に加えて国内需要も経済の牽引力とすることを訴え、農村や中小企業の振興策を打ち出し(「デュアル・トラック・ポリシー」)、投資を誘引しました。安定的な政治・経済運営やFTA推進に代表される対外経済関係拡大への期待が更なる投資を呼び込み、リーマン・ショックが起きた2008年前半まで、順調に 外国直接投資が増加していきました。
      タイは東南アジア諸国の中でもリーマン・ショックの影響が大きく、2008年の FDI認可額( BOI統計)は、前年比3割減の3,511億バーツ(838件)、そして2009年は更に6割減の1,420億バーツ(614件)となり、アジア通貨危機後の1999年に匹敵する水準まで減少しました。しかし、世界金融危機による影響が一段落した2011年は2,784億バーツ(904件)まで回復し、2012年には5,489億バーツ(1,357件)と倍増しました。
       
      ■ 国別外国投資受入額
      1985年以降の円高に対応し、日本企業が生産拠点を海外に求める動きが本格化しましたが、タイの投資環境が優れていることやタイの投資優遇政策もあり、日本の対タイ投資は著しい伸びを示しました。アジア通貨危機後、タイへの投資額がボトムとなった1999年~ 2010年までの12年間、累積投資額(認可ベース)は3兆585億バーツ(8,312件)に達しています。このうち日本からの投資総額は1兆1,964億バーツ(3,498件)で、全体の約39%(件数比42%)と大きな割合を占めています。
      2013年に受理された外国直接投資申請は684件、投資予定額 は3,099億5100万バーツでした。下記の一覧のように、日本からの直接投資は依然として大きな割合を占めています。
      【国別外国投資受入額と件数】 
       
      ■ 業種別外国投資受入額
      タイの現在の投資重点産業は、インフラ開発や再生可能エネルギー、農産業等であり、サービス産業もタイ政府が熱心に推進している分野の1つです。
      2030年度におけるタイへの 外国直接投資を業種別にみると、家電、エレクトロニクス等の機械・金属加工への投資が全体の42.4%(金額ベース)とトップで、電機・電子機器が17.58%、サービス・インフラが13.72%と続いています。
      シンガポールは半導体が中心で、香港資本の事業は発電所、テーマパークなどが投資の主対象です。日系企業の業種別投資状況(BOI申請ベース)については、自動車関連への投資が大半を占めるため、機械・金属加工の占める割合が大きくなっています。
      電機・電子機器自動車等の金属・機械工業が17.58%、サービス・インフラ石油、天然ガス等の鉱業が13.72%と続いています。
    • 日系企業の進出状況

      ■ タイ周辺国への日本企業の進出数
      タイには、日本の在外商工会議所の中で最大規模を誇る「盤谷(バンコク)日本人商工会議所」(以下「バンコク日本人商工会議所」)があり、2014年4月末現在1,552社が登録しています。会員登録していない中小企業を含めると約7,000社が事業を行っているといわれており、中国(22,263社)に次ぐアジア第二の日本企業の進出規模となっています。近隣諸国を見ると、シンガポールが2,900社で、インド、インドネシア、フィリピン、ベトナムが1,000社前後となっています。 
       
      ■ 日系企業のタイへの進出企業数の推移
      バンコク日本人商工会議所設立当時(1954年)の会員数は30社でした。しかし、1985年のプラザ合意以降の円高による海外投資ブームから、世界経済のグローバル化を経て、1990年代に急増しています。1994年6月に1,000社の大台に到達し、右肩上がりの増加を続けていることからも、タイへの進出意欲の高さが感じられます。
       
       【バンコク日本人商工会議所会員登録数の推移】 
      次に、バンコク日本人商工会議所の会員企業の業種構成をみてみましょう。中国・インド等の国々と同様に、製造業が進出企業の半分程度を占める大きな構成要素となっています。2007年11月1日に発効された日・タイ経済連携協定(JTEPA)により、タイを経由した第三国への貿易・物流の成長が見込まれることから、商業・貿易関係及びその物流を支える運輸などに増加の傾向が見られます。
      更に半分程度を占める製造業の内訳は以下のようになっています。
      見ての通り、製造業の中でも、自動車関連及び電気・機械の分野の割合が高くなっています。
       
      ■日系企業のタイへの投資金額
      タイにとって日本は最大の投資受入先国であり、2011年のBOIに対する外資による投資奨励案件申請件数は1,059件(前年比22.2%増)、総額3,963億バーツ(前年比67.9%増)でしたが、このうち日本からの投資が364件(全体の42%。前年比36.4%増)、総額1,044億バーツ(全体の44.2%。前年比34.9%増)を占めます。
      「日本からの投資誘致重点産業」は、以下の9つとなっていますが、自動車関連企業を中心とした投資が半数近くを占めます。
       
      ・ 自動車
      ・ 航空機
      ・ 電子製品・部品
      ・ 電気製品・部品
      ・ 機械・機器・部品
      ・ 金属加工
      ・ 食品加工
      ・ 環境配慮型製品・材料、代替エネルギー、省エネ型機械・機器
      ・ サービス(例:地域事業本部事業、国際部品調達事務、貿易ならびに投資センター)
       
      【日本からの業種別投資額】
    • 投資メリット

      ■ 安価で質の高い労働力
      「国際協力銀行 2012年度海外直接投資アンケート」において、タイの有望理由の第1位は「現地マーケットの成長性」でした。
      また、他の近隣諸国と異なり、高学歴化が進んでいます。中等教育だけでなく高等教育への就学率の向上といった数字でも、労働力の質的向上が国をあげて図られているのが分かります。
      その上、研修を容易に施すことができ、任せられた任務をきちんと遂行します。また一般的なタイ人の良さといわれている常に笑顔でサービスすることや友好的であるという国民性と親日の側面が更に評価を高めているようです。アンケート結果においても「優秀な人材」を魅力の一つと回答した割合が20.6%となっているように、投資先を選定する際の決め手の一つとなっています。
       
      ■ 大きな国内マーケットと成長への期待
      「国際協力銀行 2012年度海外直接投資アンケート」によると、「現地マーケットの今後の成長性」を期待する割合が50%を超えています。
       
      【事業展開の有望理由(2014年度)】
       
      最新のGDP成長率は、2010年で前年比7.8%増(タイ国家経済社会開発委員会発表速報値)と、リーマン・ショック後の世界の景気回復を背景に順調に回復していますが、2012年は、前年比0.1%に止まっています。
      また、タイと近隣諸国の国内総生産(名目GDP/単位10億USドル)を比較したグラフで、現状のタイのマーケット規模を確認することができます。
      このグラフから、タイのマーケットの相対的な規模の大きさが把握できます。国内マーケットはインドネシアに及ばないものの、近隣諸国と比較して十分に大きく、また政治情勢が安定し始めたことで、観光産業が活況となり、投資、輸出などの指数が堅調に推移して、マーケットの拡大が続いていることが分かります。日本企業の進出は製造業が中心でしたが、近年ではサービス業の参入も増えています。ユニクロを展開するファーストリテイリング社は2011年9月に第1号店をバンコクに出店、2015年6月現在で計23店舗がオープンしています。和食チェーンを展開する株式会社梅の花も、日本食を好む富裕層をターゲットとしてタイへのFC展開を計画しており、5年で10店舗まで拡大を図っています。
      このように、タイ国内の成長を背景に、マーケットを狙った進出や高い付加価値の提供を目的とする進出など、製造業を中心としながらもサービス産業を含めた多様な進出が期待されています。
       
      ■ アジアの製造拠点
      「グローバル市場への輸出向け製造拠点」を投資理由にあげた割合が30%を超えているのはタイだけです。日系企業、地場産業を合わせて高度な産業集積が発達しているため、原材料、部品調達が容易であること、製造拠点のネックになりやすいインフラ環境が整っていることなどが大きな要因となり、また外資優遇政策や、インドと先行してFTAを結ぶなど、生産拠点を置くのに適した環境が整えられているといえます。
      詳しくは、後述の「グローバル生産拠点としてのタイ」にて取り上げます。
       
      ■ 充実したインフラ
      1990年代後半以降のタイでは、まず1997年のアジア通貨危機によって問題が顕在化した金融・財政システムの改革と安定化を図ることが最重要課題となり、輸出産業の競争力強化・高付加価値化を進めることが重要な側面の1つとなりました。また、現地に進出している日系企業の側でもアジア通貨危機を受けた事業構造の再編が進む中、タイでのインフラ整備や人材の育成が進展しました。
      アピシット内閣は、リーマン・ショックを発端とした世界的な経済危機の外的ショックに対処するため、2つの大型景気刺激策を開始し、金融危機下でタイ社会の恵まれない人々の苦境を軽減する一方で、大規模な公共投資支出を行いました。
       
      ■ 2012年の更なる強化に向けての投資(投資総額450億USドル)
      このように、タイへのインフラ投資は継続的に景気拡大を図る国家戦略の一貫として行われてきました。では、個々のインフラ状況について確認していきましょう。
       
      [道路]
      タイは、アメリカ軍の基地が国内各地に配置された時代に、国内の道路整備が急ピッチに進められ、全国で6.7万㎞以上の道路が整備されました。アジアハイウェイ(Asian Highway Network)の導入や政府のアジアの貿易拠点化戦略(タイを東南アジアの交通ハブとして発展させる政策)に基づくインフラ投資により、高速道路の整備も進んでいるため、良好な道路環境が作られています。
      しかし、バンコク市内の道路交通は、世界一といわれるほど渋滞が激しい状況であり、高架鉄道(BTSやスカイトレインと呼ばれる)や地下鉄(MRT)の運行によっても解決されておらず、交通網がマヒすることが少なくありません。将来、近隣諸国の整備が進めば道路輸送の一層の発展が期待できますが、バンコク首都圏の渋滞解消が課題となっています。
      [空港及び港湾]
      空路は、7カ所の国際空港に加えて商業用空港が28カ所あります。タイはバンコク新国際空港(スワンナプーム空港)の開業によって地域の航空網のハブとなることが期待されています。同空港は、SKYTRAX社が公表している「TheWorld Airport Awards」のWORLD'SBEST AIRPORT IN 2010の10位にランクインしています。2035年を目標とし、空港周辺への土地利用計画を含めたスワンナプーム臨空都市の開発計画が作成されており、新空港とバンコク(建設中)、東部臨海工業地域、中央地域の北部、西部を結ぶ交通網の拡充も計画されています。
      海運では、バンコク港(クロントィー港)、レムチャバン港、マプタプット工業港などの港を有しています。バンコク港は、50年以上、タイの主要港としての役割を果たしており、年間取扱量12,000総トン数超を誇る国際港湾です。ラオス、カンボジア、ミャンマー、ベトナム、中国にアクセス可能な水上輸送では、これらの整ったインフラ網によって、効率良くロジスティックスや配送を行うことができます。
      [鉄道]
      タイの鉄道は、1889年に開業し、第2次世界大戦後の1951年にタイ国有鉄道として統合されましたが、道路ほど整備は進んでいません。タイ国鉄の主要路線は、おおまかに①北線、②東北線、③東線、④南線の4線に分けられ、営業路線は延べ約4,000㎞ですが、大半が単線であり、物流インフラとしてはあまり期待できない状況となっています。
       
      [電力]
      他の新興国の共通の悩みである電力不足もタイではほとんど問題になることはありません。タイ発電公社(EGAT)が、東日本大震災の影響で電力の供給能力が低下している東京電力に、発電機2基を周辺の設備も含めて丸ごと無償で貸し出す決定をしたことからも、自国の安定的な電力供給をうかがい知ることができます。
      場所によっては月1 ~ 2回の瞬間停電はあるものの、復旧は早く、タイの電力事情は安定しています。瞬間停電は雨季(6 ~ 10月)に多くなる傾向にありますが、日系企業へのヒアリングによると、概ね数秒、長くても1時間以内には回復しているようです。熱帯性気候のもとにあるタイでは、例年、暑い季節に当る3 ~ 5月にかけて最大需要電力が発生しますが、需給調整のための計画停電等が行われることもなくなっています。
      タイの将来の電力計画ですが、タイ政府は、東南アジアで最も早く新エネルギーに関する政府支援制度を導入するなど、2022年までに全エネルギーの20%を新エネルギーとすることを公表しています。
      それを受けて、三菱商事が世界最大級となる発電容量73MWの太陽光発電所をタイのロッブリ県に開発し、2011年12月に商業運転を開始しており、今後25年間タイの電力公社EGATに売電されます。
       
      ■グローバル生産拠点としてのタイ
      近年、日本企業のタイの捉え方が変化してきています。その顕著な例が2010年にみられました。日産自動車が、日本国内市場向けの小型車「マーチ」をタイで生産すると決定しました。これは、日本企業が自国市場に逆輸出する日本車を国外で生産する初めてのケースです。
      このように、日本メーカーは、タイのことを、東南アジアの5億5,000万人の人々に製品を供給する前線基地としてだけでなく、日本のほか、中国やインドといった巨大な成長市場向けに、製品を輸出する出発拠点としてみなすようになってきています。
       
      [輸出拠点として最適な立地と充実したインフラ]
      タイは、東南アジアの中心、インドシナ半島のほぼ中央(北緯5 ~ 21度・東経97 ~ 106度)に位置し、西と北にミャンマー、北東にラオス、東にカンボジア、南にマレーシアと国境を接していることにより、中国とインドへの玄関口となっています。未発達なインフラ、労働力の質、税制など不透明な制度が原因で、インドに新たな製造拠点を築くことにまだ躊躇している日本メーカーが多く、タイはインドへの入り口として最適な拠点であると位置付けられています。
       
      [ASEAN 自由貿易地域(AFTA)の効果]
      AFTAとは、"ASEAN Free Trade Area"の略で、日本語では「ASEAN自由貿易圏」とも呼ばれ、1993年に発足したASEAN(東南アジア諸国連合)の自由貿易協定のことをいいます。加盟国人口の合計が5億人を超え、その将来的な方向性は、EU(欧州連合)やNAFTA(北米 自由貿易協定)に相当する自由経済(自由貿易)地域を作るという構想になっています。
      AFTAでは、ASEAN域内で生産されたすべての産品(国防関連品目や文化財を除く)に係る関税障壁や非関税障壁を取り除くことによって、域内の貿易の自由化と活性化を図り、また域外からの直接投資と域内投資を促進し、そして域内産業の国際競争力を強化しようとしています。
      2010年1月1日より、ASEANの原加盟国間の関税がほぼすべての品目において撤廃されました。タイ商務省によると、2011年のタイからの輸出額は、過去最高額となる2,288億USドル(前年比17.2%増)に達しています。主要品目は、ハードディスクドライブ(HDD)、自動車・部品等で、輸出対象国としては中国、ASEAN各国向けが大幅な伸びをみせています。この動きは、AFTAを中心として、日・タイをはじめとした二国間自由貿易協定等の始動に伴う関税先行引下げを積極的に活用して、コスト引下げや企業単位での効率的な生産を実現しようとする流れの拡大と、企業が投資先を中国に一極集中するリスクを分散させる必要に迫られた面もあると思われます。
      AFTA導入後のバンコク商工会議所の調査によると、一部の企業、とりわけ自動車、化学、鉄鋼といった重工業の企業は、特にインドへの玄関口としてタイに軸足を置くようになってきているといいます。タイの周辺諸国や他の発展途上国と比較して、港湾や道路網などのタイの充実したインフラとAFTAの相乗効果が、このようなタイへの支持を加速させ、アジア地域向けの戦略的な輸出ハブにとどまらず、タイを世界市場に向けた輸出拠点として位置付けていくと思われます。
      [高度な産業集積の形成]
      タイは、ASEAN域内最大のエレクトロニクス産業、自動車産業の生産拠点であり、また中国に次ぐ世界第2位の日系企業集積国となっています。このような背景には、タイの自動車産業の生産・国内販売・輸出において、実に90%のシェアを日系メーカーが握っているという日本企業のタイへの古い進出の歴史があります。
      タイでは、産業の基盤がほとんどない状況で自動車生産が開始されました。そのため、日系完成車メーカーが、日本の部品メーカーの進出や技術供与を促し、部品の現地調達を拡大させることで、現地における産業集積(クラスター)が形成されてきました。
      具体的には、まず市場の拡大を見込んだ新工場の建設や、消費者ニーズの変化に対応した新モデルの投入など、完成車メーカーの競争力強化策に対応して多くの部品メーカーが進出しました。その後、グローバリゼーションの中、中国などの競合に対しての競争力をつけるべく、タイ完成車メーカーが厳しい現地調達比率目標を達成するため1次部品メーカーに進出を促しました。
      その結果、進出した企業が、次の企業に進出を促すという集積サイクルが生まれ、現在では3次・4次部品メーカーまで進出している状態です。このような進出は付随するサービス会社の進出を後押しし、高度な産業集積が形成され、容易な部品調達が可能となりました。
      タイ自動車研究所の2010年7月調査によると、タイの自動車産業には完成車メーカー13社、1次部品供給メーカー(Tier1)が635社、2次及び3次部品供給メーカー(Tier2&3)が1,700社存在しています。完成車メーカーはすべて外資との合弁の形態を採用しています。しかし、Tier1サプライヤーではタイ資本が過半を占める企業の割合が53%で、Tier2&3サプライヤーの多くが地場資本となっています。
      ここでは、自動車産業を例にあげ解説しましたが、電器産業の集積も同様の流れで、他国と比較して高度な産業集積が形成されています。
       
      ■ タイへの投資課題
      ここまでタイへの投資メリットを見てきましたが、一方で課題も多く残されています。この節の始めで取り上げたJBICによる「わが国製造業企業の海外事業展開の動向(第24回)」において、「タイへの有望理由」とともに「タイへの課題」(回答数計:137社)についても回答結果が公表されています。その上位項目が以下のようになります。
       
      労働コストの上昇: 回答数73/53.3%
      他社との厳しい競争: 回答数55/40.1%
      管理職クラスの人材確保が困難: 回答数35/25.5%
      技術系人材の確保が困難: 回答数29/19.0%
      治安・社会情勢が不安: 回答数26/19.0%
       
      「治安・社会情勢が不安」は前年の回答数60/45.1%から回答数26/19.0%へと大きく改善されています。更に、同アンケートの「タイの課題」についての結果を他の有望投資先ランキング上位国である中国、インド、ベトナムと比較したものが次の表です。
       
      これより、1位の「治安・社会情勢の不安」、「人的資源の調達難やコスト増」、「激しい競争環境」の3つが主たる経営リスクとして考えられるでしょう。
       
      ■ タイの政治不安とデモ
      2011年8月に、タクシン元首相の妹であるインラック氏が初の女性首相として誕生し注目を集めました。その後、洪水被害の対応に多くの批判を浴びましたが、復興政策を最優先にあげるなどインラック政権に対する支持率は高い状態が続いています。一方、タクシン元首相派と反タクシン派の政治対立が続いているバンコクで2012年11月、政権発足後最大となる2万人規模の反政府集会が開かれるなど、インラック政権は不安定な状態が続いています。
      また、タイではカンボジアとの領有権を争う国境紛争が長く続いており、特に世界遺産に登録されている「プレアビヒア寺院」周辺では、たびたび武力衝突が発生し、多数の死傷者が出ています。2011年7月に、国際司法裁判所は紛争地域に非武装地帯を設定し、両国に即時撤兵するよう命じ、翌年7月、両軍は紛争地域から撤兵しました。2013年4月、国際司法裁判所は国境未画定地域の帰属をめぐる審理を始め、結論は10月にも示される見通しで、両国の外交関係と内政に大きな影響を与えるものとみられています。
       
      ■ 人材不足と賃金高騰リスク
      タイにおける「賃金上昇懸念」をビジネスリスクとして認識している企業は少なくありません。その背景にあるタイの人口や失業率の推移を元に、現状の問題を浮き彫りにしていきます。
      日本ほどではありませんが、若年層の減少が進んでいます。将来的には少子高齢化による経済の停滞という日本の抱える問題と同様の問題に直面する可能性があります。
      [現在のタイの人口と民族]
      タイの人口は、約6,951万人(2012年9月/世界銀行)で、最新の統計データでは、過去100年で8倍の人口増加があったことが判明しています。民族的には、タイ族が約85%、中華系が10%、他にモーン・クメール系、マレー系、ラオス系、インド系が暮らしており、山岳部にはそれぞれの文化や言語を持った少数民族が暮らしています。タイ族以外で最も多い華僑のタイ化の度合いも進んでおり、深刻な民族問題は生じていないようです。
      また、バンコクを中心とした中央部に人口の約3分の1が集中するという首都への人口一極集中が特徴としてあげられます。
       
      [タイの人口推移予想]
      国連のタイ人口推移予想では、先の人口ピラミッドでも触れたように少子化が進み、今後100年で人口は減少することが示唆されています。
       
      [低下し続ける失業率]
      下表は近年のタイの失業率の推移です。タイ国家統計局によると、2012年1 2月時点では0.5%で、前年同月を0.1%上回りましたが、1%以下を維持しています。地域別では、人口の集中するバンコクと中部が0.4%、南部が0.5%、北部が0.2%、東北部が0.6%です。
      このような少子高齢化による人口減少と好景気を背景とした失業率の低下は、優秀な労働力の確保をより困難にしています。また大卒の技術者、マネージャークラスといった高級人材のバンコク居住志向は極めて強く、日本人の感覚以上に地方を下に見る傾向が強いため、なかなかバンコクから遠い 工業団地には行きたがらないようで、場合によっては車の送迎やアパートの家賃などの相当の待遇を用意することもあるほどです。
       
      [賃金上昇]
      好景気を背景に、各企業が同時期に投資拡大を図ったことから、タイ人労働者の争奪戦が激化しています。下記のグラフは、主要産業ごとの平均賃金の推移です。
      このような賃金上昇が実際に起きているひとつの事例を紹介しておきましょう。
      タイ人は、一般的に、タイ人同士に強いネットワークを持っており、賃金だけでなく条件面が少しでもよければ簡単に転職してしまう気質を持っています。実際に、競合他社の雇用条件の改善により、半数近くの転職があったとする企業もある程です。競業他社の賃金引上げがすぐに情報共有されてしまうために、優秀な人材を確保するためには賃金を引上げざるを得ないという悪循環を生み、更なる賃金上昇へと繋がっています。
       
      [政府の 最低賃金引上げ政策]
      タイでは、1972年の労働法に基づく内務省令により、1973年以来、地域ごとに 最低賃金(日額)が設定されてきました。これに加え、2008年の労働者保護法の改正により、職能ごとの最低賃金が最低賃金委員会により定められ、更には、2011年2月8日、11種の職能に関して3段階の技能.ベルに応じた賃金水準の設定が行われました。
      最低賃金の25%引上げ方針を掲げていたアピシット前政権が倒れ、2011年7月の総選挙で、1日当たりの 最低賃金を300バーツへ引上げることを公約に掲げて勝利したインラック政権が誕生しました。1日あたりの最低賃金は、2012年4月1日よりバンコク都と周辺7県で300バーツになり、2013年1月1日より全国で300バーツに引上げられました。これは、企業経営を圧迫し、インフレを招く懸念があるため、今後はさらなる注視が必要です。
       
      [外国人非熟練労働者の雇用を許可]
      国際機関日本アセアンセンターによると、2011年1月23 ~ 29日にかけて行われたタイ投資情報.ッションの報告.ポートでのBOIアチャカー・シーブンルアン長官へのインタビューにおいて「労働力不足を背景に、労働集約型の産業奨励はいらないのではないかとの議論も出ているものの、政府は国境地帯に特別経済区を設け労働集約型産業での近隣諸国の外国人非熟練労働者の雇用を許可することとする(なお、BOI 奨励企業ではまだ許可しておらず調査段階)」ということが取り上げられています。
       
      ■ 激しい競争
      韓国企業をはじめとした他国の企業の攻勢が強まり、また日系企業同士の競争も激しくなっており、収益性の確保が以前に比べて難しくなっているといわれています。また、企業投資のリスク分散の観点から生産拠点の分散が図られ、タイ周辺国への進出も増えたため、更なる低コスト化を進めるなどの差別化を図る必要に迫られています。すなわち、タイで生産するというだけでは利益を獲得できないというレベルにまで産業としても成熟してきている訳です。
      タイの自動車産業は、現在4次部品メーカーが進出している最中であり、自動車メーカー各社もコスト削減のために、従来の系列や産業(家電部品メーカー等)を超えた部品調達を活発に行っています。このような環境においてでも、後発組の進出企業が「高い技術力」や「価格競争力」をもって、ビッグチャンスを獲得できる可能性も少なくはありません。しかし、欧米部品メーカーは一般的に生産量が少ないため、スケールメリットが発揮できず、製造コストが割高になっているという声も聞かれます。
      新規参入は、欧米メーカーやローカルの部品メーカーを含めた激しい競争(品質、コスト等)にさらされるという環境を理解した上で、市場調査などの事前リサーチや、品質や納期の面などのきめ細かい対応で差別化できるような進出プランを策定する必要があります。